【コラム】”君津システム”とは
学会に「君津方式」、あるいは「君津式」という呼び名があります。
日本における地質汚染の調査と浄化の、原型となった手法を指す言葉です。
君津とは、千葉県にある1つの市の名です。東京湾に面した、房総半島の内房にある市です。
なぜ、1地方の市の名が、技術の名になったのか。
なぜ、1地方の市の名が、社名になったのか。
答えは、この土地の地下。その守り進化し続けてきた「歴史」にあります。
1 上総掘り
君津市には、1300カ所以上の自噴井が確認されています。ポンプを用いず、地下から水が自らの力で噴き上がってくる井戸のことです。市内の小糸という地名は「小井戸」に由来するという説があり、周辺には泉、大井、大井戸、など、井戸にまつわる地名が並びます。久留里地区には、地下400メートルから600メートルの深さから自噴する井戸が、飲料用を中心に約200現存しています。この水は環境省の「平成の名水100選」に、「生きた水・久留里」として選ばれました。
その多くを掘ったのが、上総掘りです。
『君津郡誌』には、文化14年(1817年)、現在の君津市域で井戸掘り職人が削井を始めたという記録が残されています。大宮寺に伝わる『突井戸萬記』によって、掘り抜き井戸の時代と場所が明らかになりました。ただしこの段階は、江戸期の金棒による突き井戸です。その後、小糸川沿線の石井峯次郎らや小櫃川沿線の大村安之介らによって地域特性にあった改良が重ねられ、明治時代の中頃、竹ヒゴ・掘鉄管・吸子・ねば水を組み合わせた工法として上総掘りが完成します。小櫃川沿線の発達史は、俵田の徳蔵寺に上総掘顕彰会が建立した上総掘記念碑に記されています。

図1 上総掘りのリグ(上総掘りを記録する会、2004) 木材と竹材を利用し、人力だけで500メートル以深まで掘り進んだ上総掘りの掘削装置。
掘削に用いるのは、モウソウ竹のヒゴと、わずかな鉄製部品です。ハネギと呼ばれる竹の弾力でヒゴを上下させ、先端の鉄管で地層を突き崩し、吸子で掘りくずを吸い上げる。動力は人の力のみでした。明治19年(1886年)には、300間、およそ540メートルの深さまで掘り進められるようになります。
掘り当てたのは飲み水だけではありません。新潟では石油をくみ上げる油井を、大分の別府では温泉井を掘っています。
そして明治期、この技術は海を渡り、『KAZUSA SYSTEM』として海外に紹介されました。道具立てが簡単で、少ない人力で深く掘れる。今も東南アジアやアフリカの、水不足に悩む地域で用いられています。
「上総掘りの用具」は1960年(昭和35年)に重要有形民俗文化財、「上総掘りの技術」そのものは2006年(平成18年)に重要無形民俗文化財に指定されました。

図2 上総掘り発祥地、旧小櫃村の自噴井原風景(2000年、鈴木撮影) 水神を祀り、常滑焼陶管にスリットを設けた「龍の口」から自噴させた。塩ビパイプは他家への配水管、水温摂15度に冷えたスイカは美味。
上総掘りは、現在では当たり前となった地質ボーリング技術の礎であり、房総半島の地史的・文化的な遺産です。
2 地質汚染という概念
私は1951年(昭和26年)、君津市(旧小櫃村)に生まれました。1980年(昭和55年)以降は地質汚染の調査と浄化に専心し、間もなく半世紀になります。
有害物質を取り扱う施設からの漏れ、正しく処理されないまま流された排水の地下浸透、廃棄物最終処分場、安閑と繰返される残土処分、不法投棄など。大地が汚される原因はさまざまです。そうして汚染された大地を修復し、未来永劫、有効に利用できる健全な大地へ蘇生させる。それが私の使命です。
私は、地質汚染を大地の病と捉えています。
地下を住処にした地質汚染現象は、パズルを解き明かすようなものです。地表の下には砂層や粘土層など異なる地層が複雑に広がっており、有害物質はそれらを媒体として、まるで生き物のように姿を変えながら拡散していく。ときには、有害性の増した物質へと変態します。そして時を経たある日突然、土壌汚染や地下水汚染という形で、地上の人々に警告を発してくるのです。
1992年(平成4年)に私たち研究者グループが発表した地質汚染という概念は、地層汚染・地下水汚染・地下空気汚染の3つを一体として捉えます。そこから大気汚染、表流水の汚染、地表への流出が生じる。複数の環境を横断する、クロスメディアの汚染です。

図3 地質汚染とは(鈴木ほか、1992) 地質汚染は、地層汚染・地下水汚染・地下空気汚染から成り、大気汚染、表流水汚染、汚染物質の地表流出を伴う、
クロスメディアの汚染である。
3 半世紀の歩み
1973年(昭和48年)、君津市役所に入所しました。以来31年間、環境部に奉職し、大気汚染・水質汚濁・騒音・振動などの調査技術と防止技術の研究開発に専念しました。その間、公害健康被害を大学医学部や国研などと伴に公衆衛生学の視点にたった研究者として駆り出されました。1980年(昭和55年)からは、地下水盆の管理と地質汚染に特化した研究者として歩んでいます。これまでに発表した学術論文や研究発表は250余編、共著を含む著書は13巻を数えます。
1994年(平成6年)、日本地質学会小藤賞を受けました。画期的な発見と新概念に対して贈られる賞です。
1995年(平成7年)1月、阪神・淡路大震災が起きました。私は震災の復旧・復興に資するため、自ら被災地に長期滞在するとともに、日本地質学会のボランティア調査団500名余を現地に派遣し、実情や研究成果を国内外に速報いたしました。神戸市灘区では、倒壊したクリーニング店から洗浄に使われていた薬剤が地下浸透し、地層・地下空気・地下水汚染にまで発展していることも確認しました。この現象を、私たちは「震災地質汚染」と名づけ国際学会でも発表致しました。同じ年、東中欧に特化した国際環境機関の招きで、スロバキア国の環境汚染修復計画を企画立案し、技術指導にあたりました。
1997年(平成9年)に起こった、わが国で1例目となる地下水汚染事件では、福島地方裁判所で鑑定人を務めました。2002年(平成14年)には、土壌汚染対策法の審議にあたり、参議院の参考人を務めています。土壌環境基準の策定(環境庁)、廃棄物共同命令(厚生省)、微生物産業利用(通産省)などの政府委員も歴任しました。
日本地質学会の技術研修会で国内の技術者1000名以上を、また君津市のオンサイト研修プログラムで国内外の技術者・研究者1500名以上を育ててきました。
2004年(平成16年)、君津システム株式会社を設立しました。発明した特許技術は30余件を数えます。2024年(令和6年)、環境功労により千葉県知事表彰を受けています。
4 汚染機構解明しない汚染浄化は無意味
日本では、有害物質を取り扱う工場などの施設廃止を契機に、土壌汚染対策法に基づく土壌・地下水汚染調査が行われます。しかし、法定調査だけでは汚染箇所を完全に把握することはできません。それは汚染メカニズムが解明されていないからです。それにもかかわらず、その結果をもとに浄化作業が行われるケースがほとんどであり、基準値超過物を掘削除去するだけの作業量に見合った費用が費やされてきました。
地質汚染を根本的に解決するには、メカニズムの解明と汚染範囲の特定が不可欠です。メカニズムを解明してはじめて、外科手術に相当する掘削や、投薬にあたる原位置浄化を行うことができます。人間の病では、誤った診断や不十分な診断のまま、内科・外科の治療に踏み込むべきではありません。大地の病であっても、同様でなければなりません。
完全浄化を行うためには、地下の地質構造を正確に把握することが必須です。浸透した汚染物質は、地質および水文地質構造に従った挙動をとります。地層をミリメートル単位で観察し、鑑定し、記録する、その眼力と知見を持つ人的資源も欠かせません。

図4 グラウンドエア・システム(鈴木ほか、2000) 地表面をベッセルで覆い減圧するだけで有害物質の平面分布を即座に計測できる、特許取得の方法と装置。
5 掘らずに治す
汚染物質がどこから入り、どのように広がっているかを、時系列の立体像として再現します。そのうえで、地下に残留する汚染物質を効率的に回収する原位置浄化を多用します。

図5 原位置浄化システム(鈴木ほか、1992) 有害物質だけを収集捕獲する原位置浄化システムの地上部分。特許取得の方法と装置。
掘削が必要な場合は、君津式掘削除去法を採ります。遮水鋼矢板で土留めと遮水を設け、掘削と地層の精査を並行させる。5メートル以下のメッシュ間隔まで絞り込み、必要最小限の範囲だけを除去します。施工中もオンサイトラボでの分析を並行するため、無駄な掘削が生じません。場合によっては、腹腔鏡手術のように、汚染箇所だけをピンポイントで除去します。
汚染地下水の回収や掘削除去などを組み合わせ、効率的な浄化を実現しています。それらの進展はすべて、特許取得技術群の利用に支えられています。

図6 掘削除去に並行した現場精査風景。
6 すべてを開示するということ
近年は、地質環境の保全や修復よりも、跡地利用を前提とした案件が増えています。そのなかで私たちは一貫して、完全浄化による地質環境の保全に取り組んできました。
操業中の工場の調査対策を中心に多くの現場を手掛けるなかで、私が最も大切にしているのが情報公開です。住民の方が対策に異論を挟まれることもあります。だからこそ、基準値の持つ意味あい、基準を超過したときの諸影響、着手から終焉までのロードマップ、そのすべてを丁寧にご説明することを常としています。浄化の進捗はリアルタイムで監視し、お客様とも自治体とも共有しながら進めます。
地質汚染対策は誰がやっても同じ、という言葉を耳にします。しかし、決してそうではありません。誰がやっても同じというほど、この技術は標準化されていないからです。
その証拠は、私たちのお客様の方々にあります。他の企業では対応が困難であった現場の完全浄化を、これまで国内外で300サイト以上、果たしてまいりました。深く悩んだ末に連絡をくださった、その気持ちに応えたい。これからもお客先を含め、社会に感謝される仕事を続けてまいります。
7 なぜ「君津システム」なのか
君津システムという名は、私が名乗ったものではありません。
上総掘りが海を渡ったとき、その名は KAZUSA SYSTEM でした。上総とは、この地方の旧い国の名です。
君津システムとは、もともと会社の名ではありません。1987年(昭和62年)から、千葉県君津市役所が開発・実証・技術普及に努めてきた、地質汚染調査浄化に関する総合技術体系の名です。地質汚染、オールコア地質ボーリング、汚染機構解明調査、完全浄化、公衆衛生学、情報開示。これらを1つの体系にまとめたものが、君津システムです。
その基盤は、1980年(昭和55年)から私の研究グループが確立してきた調査・対策の手法にあります。この成果が君津システムとして広まり、環境地質学の確立にも貢献しました。
この体系は、わが国のプロトタイプの調査浄化手法として、学会で君津方式、あるいは君津式と呼ばれてきました。企業や行政からも評価をいただいています。
上総掘りの創始から1世紀を経て、同じ君津の地で開発・実証・普及に努めたのが KIMITSU SYSTEM です。その中身は、普及技術のほかに30余件の特許技術群を大成したものです。そして私たちは、何時までに、幾ら掛けて、完全浄化を果たすかを、お客様にお約束しています。この技術は、開発した私自身がお客様にご提供するものです。
2004年(平成16年)、私は会社を興し、市役所で育てた体系の名を、そのまま社名にしました。同じ年から5年をかけ、各地に逸散していた上総掘りの資料を集大成しました。全5冊、総カラーおよそ1000ページ。君津市の支援を受けた「上総掘りを記録する会」の既刊書籍です。
旧い国の名から、市の名へ。同じ土地の地名が、2度、技術の名になりました。
この地と、私たちが繋いできた歴史が、君津システムたる所以なのです。
この土地と、世界
日本は、まだまだこの土地と歴史の価値を知りません。それは世界も同じです。
地質汚染は大地の病です。人間の病と同様、その病理を解明しない限り、健全な状態での社会復帰は困難です。そして、どれほど優れた浄化技術を持っていても、放置すればゴールは遥か彼方へ遠のきます。導入後もメンテナンスから得られる情報をもとに浄化の仕組みを変え、進捗次第では追加の設備で補強する。人間とて、術後や治療中にアフターケアが必要です。
汚染もまた、生きているからです。
健全な土と健全な水、健全な空気を誇れる国づくりのために、尽力し続けたい。
その行動こそが、社会貢献です。
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註 本文中に記した上総掘りの資料集大成は、書籍として出版しています。ご参照を希望される方はお問い合わせください。

